知って得する!アメリカ精密発酵の舞台裏 ― 精密発酵ミルクの「GRAS」―

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目次

1. はじめに

  • 米国フードテックを支える関連政府機関、食品法規制、「GRAS」について連載でご紹介

2. 前回までのまとめー「GRAS」を読むと精密発酵が理解できる

  • 「GRAS」は米国政府機関からの安全性認証プロセスである
  • 「GRAS」認証は、精密発酵商品の上市を加速させてくれる
  • 「GRAS」の記載から精密発酵商品の製造過程がわかる

3. 概論:「GRAS」から読み解く精密発酵ミルクの2大企業

  • 精密発酵ミルクの2大企業、米 Perfect Day社とイスラエル Remilk社
  • Perfect Day社、Remilk社ともに、精密発酵ホエイで米「GRAS」認証を取得済み
  • GRASからわかるPerfect Day社とRemilk社の違いと共通項

4. 各論:精密発酵ホエイの製造プロセスと安全性の議論

  • Perfect Day社、Remilk社の精密発酵ホエイの製造プロセス
  1. 培養:フラスコからバイオリアクターへ
  2. 物質精製:固液分離と濾過を経て、パウダー状に
  • Perfect Day社、Remilk社の生産株の安全性
  1. 食品使用事例のある菌株を使用している
  2. 安全な遺伝子組み換え技術を使用している
  • Perfect Day社、Remilk社のホエイたんぱくの安全性
  1. 生物学的に動物性のものと同一であることを証明している
  2. 従来品特有の副作用(アレルゲン性など)の有無を説明している
  • Perfect Day社ーコロナ禍の申請で約1年かけて、初の精密発酵ミルクの「GRAS」を取得した
  • Remilk社ー精密発酵ミルクでは初の海外企業「GRAS」取得に成功した

5. まとめと次回予告

はじめに

米国フードテックを支える関連政府機関、食品法規制、「GRAS」について連載でご紹介

 今、世界のフードテック業界が、精密発酵に注目を集めている。そこで、アメリカの精密発酵食品を裏支えする、「GRAS」認証を切り口に、アメリカの最新フードテック事情を連載でご紹介していく。初回前回では、米国政府機関と「GRAS」の関係性、また「GRAS」申請プログラムの詳しい中身を紹介した。ここからは、いよいよ精密発酵素材での「GRAS」内容と審査の事例を紹介していきたい。3回目の今回は、精密発酵ミルクをテーマに、Perfect Day社とRemilk社の「GRAS」事例を徹底解析していく。細胞培養で作られたミルクが、アジア圏でも流通し始める今だからこそ知っておきたい、技術と安全性の側面を紹介していく。

前回までのまとめー「GRAS」を読むと精密発酵が理解できる

「GRAS」は米国政府機関からの安全性認証プロセスである

 「GRAS」認証とは、新規の食品添加物の安全性を認証するためのプログラムである。この認証を審査・授与するのは、アメリカ政府機関のFDA(食品医薬品局)になる。この「GRAS」認証は、全ての新規食品添加物に対して義務付けられているものではなく、あくまで生産者・販売者側の任意で行われる。ただ「GRAS」認証は、「Generally Regarded As Safe(一般的に安全とみなされている)」とラベリングされるため、新規で上市する食品添加物への消費者不安を大きく払拭することが可能になる。

「GRAS」認証は、精密発酵商品の上市を加速させてくれる

 また、前述の消費者不安の払拭に加え、「GRAS」認証の取得は、一つの添加物を使用した商品ラインの展開を容易にしてくれる。アメリカ市場において、新規の食品添加物は①FDAの市販前承認、または②「GRAS」認証を取得する必要がある。①の場合は、1つの添加物に対して1つの用途でしか販売・安全性の認可を得ることができない。しかし、②の場合は1つの添加物に対して複数用途での販売・安全性の認可を得ることができる。そのため、精密発酵商品のような、1つの素材から多数商品を開発・販売するまでの過程を、「GRAS」が大きく加速させてくれるのだ。

 アメリカでは、Impossible Foodsの精密発酵レグヘモグロビン(植物性代替肉で肉の赤みを再現する素材)、EVERY(元はClara Foods)の精密発酵卵白、Perfect Dayの精密発酵ホエイ(乳たんぱく)など、多くの精密発酵食品が開発され、上市まで実現してる。これらももちろん、FDAの「GRAS」認証を事前に取得したうえで、今のビジネスに繋げることができている。

「GRAS」の記載から精密発酵商品の製造過程と成分詳細がわかる

 ここまでご紹介してきた「GRAS」だが、安全性認証の称号としての側面が大きいものの、一般公開されている「GRAS」申請文書は、各物質の製造過程と成分詳細が記載された言わばバイブルとなっている。精密発酵素材の場合ももちろん同様で、実は「GRAS」文書さえ読めば、テックの裏側が一読できるのだ。これらの文書を公にしている各企業は、製造過程までも公開にすることによって、自社商品の安全性をしっかりと消費者に伝えることを意図している。もちろん、「GRAS」申請者は公開内容を選択することができるため、企業秘密までが「GRAS」文書に掲載されているわけでない。それでも、大まかなテクノロジーを理解するには、この「GRAS」文書は十分な科学的資料となっている。特にこれから精密発酵食品の開発・製造を検討しているのであれば、まずは「GRAS」取得済み商品の「GRAS」文書を読んでみることをお勧めする。

概論:「GRAS」から読み解く精密発酵ミルクの2大企業

精密発酵ミルクの2大企業、米 Perfect Day社とイスラエル Remilk社

 ここからは、精密発酵ミルクの「GRAS」を徹底的に分析していく。精密発酵フードの中でも有名なのが、精密発酵ミルクだが、既に2社が「GRAS」認証の取得に成功している。

 まず1社目が、アメリカで一早く精密発酵食品の商品化に成功したPerfect Day社になる。2014年創業当初から、ホエイの主成分であるβ-ラクトグロブリンの開発・生産を主技術としており、代替ミルク商品だけでも既に5種類、その他にもアイスクリーム、チーズ、チョコレートなど、多数の商品開発・販売に成功している。これだけの商品数を、短期間で、上市にまで結び付けられている大きな一因となっているのは、やはり「GRAS」認証の取得だと考えられる。これらの横展開の実現、並びに早い段階での消費者受容に繋げられたのも、「GRAS」認証あってこそだったと感じられる。

 2社目となるのが、中東イスラエルで初めて精密発酵ミルクの開発に成功した、Remilk社である。2019年創業のRemilk社も、Perfect Day社同様、ホエイタンパクのβ-ラクトグロブリンを精密発酵技術で生産している。世界でも、精密発酵ミルク商品の上市を既に成功させているのがこの2社のみとのこともあって、精密発酵ミルク市場はこの2社の寡占状態となっている。今年に入っては、米General Millsのベンチャー部門、G-worksが、精密発酵チーズ「Bold Cultr」の原料会社として、この2社を相次いで指名している。Remilk社がアメリカ市場でPerfect Day社の競合となれたのも、ひとえに「GRAS」認証の取得があってこそだった。

Perfect Day社、Remilk社ともに、精密発酵ホエイで米「GRAS」認証を取得済み

 Perfect Day社とRemilk社、既に両社とも精密発酵ホエイで「GRAS」認証を取得している。Perfect Day社は2020年に(FDA’s Letter GRN No. 863)、Remilk社は今年(Remilk, 2023)、それぞれ「GRAS」を取得した。両社とも、精密発酵で生産したホエイたんぱくを「GRAS」申請しているのだが、生産に使用している微生物の種類が違うため、別物質としての申請が必要となった。どちらの「GRAS」申請内容を見ても、安全性の証明に一番重点が置かれているのが、①生産に使用している微生物に関する内容と、②生成される素材そのものに関する内容になっている。

 ①生産に使用している微生物については、どちらも遺伝子組み換えが行われているため、その詳細をしっかり説明している。ただ、精密発酵素材の生産では、微生物を生産の過程で使用するだけであって、最終産物には微生物の細胞は含まれない。そのため、②生成される素材そのものの安全性も議論されている。素材の安全性の証明としては、従来品との生物学的同一性の立証や、従来品特有の副作用(アレルゲン性など)の有無を、科学的根拠と共に解説している。

GRASからわかるPerfect Day社とRemilk社の違いと共通項

 上記のように、精密発酵素材の種類や、安全性の証明に対するアプローチなど、共通項も多い2社の「GRAS」だが、微生物の種類を始め、技術面での違いもいくつかある。以下にはそれらを簡単にまとめたが、各詳細は次の各論にてお話しする。

各論:精密発酵ホエイの製造プロセスと安全性の議論

【Perfect Day社、Remilk社の精密発酵ホエイの製造プロセス】

 以下の図は、Perfect Day社、Remilk社、各社がGRASの申請文書に掲載しているプロセスフロー図になる。ご覧になってわかる通り、両社ほぼ同一の製造プロセスを用いている。各工程については、以下で詳しくお話しする。

引用:GRAS Notice No. 863

引用:GRAS Notice No. 1056

1.培養:フラスコからバイオリアクターへ

 Perfect Day社、Remilk社ともに、同様の製造プロセスで精密発酵ホエイを生産しているが、どちらもまずは微生物の液体培養から始まる。液体培養の第一段階となるのが、最初の培養をする培養液の準備になる。Perfect Day社の図では「①Seed Fermenter」、Remilk社の図では「①Inoculation/Seeding」のステップに当たる。この最初の培養では、乾燥保存や冷凍保存されていた微生物を活性化させ、元気な微生物のみを高濃度に繁殖させる。一般的に最初の培養液は、フラスコや小規模バイオリアクターを使用して準備される。使用する器具の種類やサイズ、準備する培養液の量は、最終的に大量培養させたい培養液の体積によって決まる。50L程度の培養液を大量培養する場合であれば、1L規模のフラスコで500mLの培養液を最初に準備する。逆に1000L規模の大量培養を目指すのであれば、最初の培養液は10L必要になり、この場合は10L以上の小規模バイオリアクターでの培養となる。培地の種類は、初めの培養と大量培養とで同じものを使うことが多い。微生物の種類や培養規模にもよるが、1晩から2日程度で、初めの培養は完了する。

 最初の培養液の準備が整い次第、続いてこの培養液は大量培養用のバイオリアクターに移される。Perfect Day社の図では「②Main Fermenter」、Remilk社の図では「②Fermentation」のステップに当たる。いよいよこの大量培養用リアクターの中で、微生物が量産され、同時に微生物によって目的物質が生産される。この工程では①培養液中の微生物濃度と、②微生物一個体あたりの目的物質の収量の2つを、最大化させることが一番の技術的課題となる。これらの課題に対しては、バイオリアクター自体の設計や、大量培養中のフィード(微生物のエサを含む養分液)の供給方法などの研究がなされている。大量培養で用いられるバイオリアクターの規模は最低10L規模、商業用にもなると10万L規模を超えるものもある。培養時間に関しても、最初の培養よりも圧倒的に時間がかかる。一般的には数日を要するが、こちらもまた使用する微生物や生産する目的物質の種類などにもよる。

 また目的物質の生産においては、使用される微生物や生産される物質によって、生産された物質が①微生物の体内に蓄積されるものと、②体外に分泌されるものがある。Perfect Day社、Remilk社の両社によって生産されている精密発酵ホエイの場合は、微生物の体外に分泌されるため、大量培養後の物質精製も比較的容易である。しかし仮に、体外に蓄積される物質であった場合、この大量培養の工程、または次の精製の工程で、物質の体外分泌を促すことが必要になる。

2.物質精製:固液分離と濾過を経て、パウダー状に

 バイオリアクターでの繁殖、生産が終わると、精製の工程に入る。まず精製工程の第一段階として、液体層と固体層の分離が行われる。Perfect Day社の図では「③Solid-Liquid Centrifugation」、Remilk社の図では「③Separation」のステップに当たる。一般的には大規模な遠心分離機が用いられ、Perfect Day社のように、場合によっては複数回に渡って遠心分離が行われる。精密発酵において、この固液分離の工程は必須となるため、精密発酵や細胞農業向けのCMO(製造受託機関)では、バイオリアクターに続いて、大容量の遠心分離機も搭載されていることが多い。

 下の図は、米Synonymがまとめた、アメリカの精密発酵・細胞農業向けCMOが持つ、主要技術と補助技術の割合をまとめたものになる。Synonymは、アメリカのバイオ製造インフラの構築と資金投資を手掛ける。以下の図からもわかる通り、主要技術として最も多く提供されているのが発酵技術なのに対し、補助技術として2番目に多く提供されている技術が、遠心分離となっている。

引用:Synonym

 液体層が分離された後、この液体部分はpH調整を経て、総たんぱく質量中のホエイ濃度を一気に上昇させる。この工程は、Perfect Day社の図で「④pH adjustment」のステップに当たる。pH調整の工程は、Remilk社の図には明記されていないが、Remilk社のGRAS文面には、精製工程におけるpH調整剤の使用が述べられている。また、その他の製造工程ではPerfect Day社のものと変わりないことから、Remilk社でもpH調整によるホエイ濃縮は行われていると考えられる。

 pH調整のよる濃縮が済むと、いよいよ高ホエイ液が濾過される。この濾過のプロセスは複数段階に渡るため、Perfect Day社の図では「⑤Optional Intermediate Filtration/Polish」、「⑥Concentration」、Remilk社の図では「④Filtration」、「⑤Ultrafiltration」、「⑥Diafiltration」のステップに当たる。これらの濾過作業には主に、①不純物の除去、②培地の除去、③ホエイの再濃縮、の3つの目的がある。①不純物の除去は、濾過の工程の中でもある程度早い段階で行われる。不純物とは、主に微生物細胞の残骸や、ホエイ以外の水溶性物質全般のことを指す。②培地の除去は、主に透析濾過によって行われる。人工透析と同じ原理で、培地中の養分を浸透圧で除去し、水中にホエイのみが溶解している状態を作り出す。そして②の透析濾過やその前後の濾過プロセスを通じて、③ホエイの再濃縮も同時に行われる。pH調整による濃縮や、そのあとの濾過プロセスは、目的物質によって大きく変わるため、これらはあくまでホエイたんぱくを精密発酵で生産した時の工程になる。同じタンパク質でも、卵たんぱくであれば全く違う精製手法をとることになる。

 こうして液体状でホエイが濃縮され、ホエイ9割以上の水溶液が完成すると、最後に乾燥・粉末化に工程に入る。Perfect Day社の図では「⑦Spray Drying」、Remilk社の図では「⑦Drying」のステップに当たる。ホエイ水溶液は、溶質の粒子も細かく、液体の粘度も低いため、一般的にはスプレードライヤ―によって乾燥、粉末化が行われる。

【Perfect Day社、Remilk社の生産株の安全性】

 精密発酵ミルク2社のGRASの中でも、特に議論がなされているのが、この生産株の安全性証明の部分である。両社ともに、生産株の安全性を①他食品での応用事例の提示、②遺伝子組み換え技術の安全性の証明、という主に2軸で立証している。

1.食品使用事例のある菌株を使用している

 先述のように、Perfect Day社、Remilk社はそれぞれ別の微生物を生産に利用しているが、どちらも食品での応用事例が既にある。まずPerfect Day社のTricoderma reeseiは既に、タンパク質分解酵素や糖分解酵素など、多くの食用酵素の生産に用いられている。またこれらの多くはGRAS認証も取得しており、Tricoderma reeseiの食品応用の歴史は既に長いことがわかる。また同じ糸状菌(真菌類の中でも糸状のフィルムを分泌するもの)では、Aspergillus nigerAspergillus nishimuraeといった、麹菌を含むアスペルギルス属を使用した、食用酵素の生産事例もGRAS認証を既に受けている。Perfect Day社のGRAS文書によれば、ゲノム解析の結果、Aspergillus nigerAspergillus oryzaeは、Tricoderma reeseiよりも、二次代謝物質に関わる遺伝子が圧倒的に多いそうだ。微生物の二次代謝物質には、有用な酵素も含まれる一方で、抗生物質や毒素などが含まれる場合もある。そのため、二次代謝物質を発現する遺伝子が少ないTricoderma reeseiは、アスペルギルス属の生産株よりも安全と言える。またTricoderma reesei自体は、微生物の人間への病原性を示した指標である、BSL(バイオセーフティレベル)のレベル1(最低レベル)に分類されている。これらのことから、Tricoderma reeseiは安全性が認められた生産株であることがわかる。

 一方のRemilk社は、Komagataella phaffiiを生産株に用いているが、こちらもまた、複数の食品応用事例がある。Remilk社の使用するKomagataella phaffiiだが、1995年まではPichia pastorisという学術名だった。Pichia pastorisを用いた食用素材の生産は既に行われており、GRAS認証を受けているものだけでも3件はある。またこの3件のうち2件は、それぞれ米Impossible Foods社の大豆レグヘモグロビンと米Motif FoodWorks社のミオグロビンである。またPichia pastorisは医薬品への応用も多くなされており、以下の物質生産にも用いられている。

  • B型肝炎ワクチンの抗原体
  • 糖尿病治療用のインスリン
  • 血漿カリクレイン阻害剤
  • 硝子体黄斑牽引症候群治療用のタンパク質分解酵素
  • 片頭痛用のペプチド拮抗薬

 Pichia pastorisTricoderma reeseiと同様に、BSLのレベル1に分類されているため、ヒトへの病原性は極めて低い。また、外部遺伝子を発現させやすいとされる大腸菌と比べると、Pichia pastorisはエンドトキシン(微生物の体内に蓄積されている毒素)が含まれないという優位性もある。Pichia pastorisの生産し得る二次代謝物質に関しては、Tricoderma reeseiのようにゲノム解析を元にした解説はなかった。しかし、既に市販されている、Pichia pastorisを含んだ家畜飼料の成分分析の結果報告が引用されており、有毒でも病原性があるとも結論付けられなかったと述べられている。このようなことから、Remilk社の使用する生産株、Pichia pastorisも食品応用が安全であると考えられている。

2.安全な遺伝子組み換え技術を使用している

 生産株自体の安全性に加え、それらを作り上げるために行われる遺伝子組み換え技術の安全性も、精密発酵技術の中では注目されるポイントである。まずPerfect Day社については、使用している遺伝子組み換え技術の説明を、GRAS文書の中で事細かに行っている。文書によると、同社の主な技術は、

  1. 乳牛由来のβ-ラクトグロブリン遺伝子を持つ、複数の遺伝子発現カセットを生産株に導入している
  2. β-ラクトグロブリン遺伝子のアミノ酸配列自体は変更されていないものの、生産株の遺伝子との整合性のため、β-ラクトグロブリン遺伝子のコドン最適化は行われている
  3. β-ラクトグロブリン遺伝子の発現のために、糖由来の培地によって誘発される、内因性または外因性プロモーターが含まれている
  4. 選択的な内因性遺伝子の発現の促進や抑制、無害・非病原性生物由来の外因性遺伝子発現機構の導入が行われている

とされている。上記の中でも2.は、最終産物である目的物質(Perfect Day社の場合はホエイ)への影響も考慮すると特筆すべき点である。β-ラクトグロブリン遺伝子のアミノ酸配列が、乳牛由来のものと同一であれば、理論上は合成されるタンパク質も同一になるはずである。加えて、上記4点には含まれていないが、Perfect Day社の遺伝子組み換え技術の食品安全性を担保する要因として、①抗生物質の不使用と②可動遺伝子の非含有が挙げられる。まず①抗生物質の不使用に関しては、多くの場合、微生物の遺伝子組み換えでは抗生物質を用いた手法がとられる。しかし、この抗生物質は遺伝子組み換え後も培地などに残り続けるため、食品応用させる際には大きな懸念点となる。その点、Perfect Day社の使用するTricoderma reeseiは、内因性のPYR4遺伝子を持つため、DNAの構成分子でもあるピリミジンで抗生物質を代用することができる。そして②可動遺伝子の非含有に関しては、そもそもTricoderma reeseiがDNAの反復配列や転位因子を持たないことに起因する。ただ可動遺伝子が含まれないということは、想定外の遺伝子変異が起こる可能性が低いということになる。そのため、食品に応用する微生物にとっては、遺伝子改変を想定内のもののみに管理できるという利点につながる。

 Remilk社は、Komagataella phaffiiという別の微生物を用いているものの、Tricoderma reeseiと同じ真菌類であることから、似たような遺伝子組み換え技術を用いている。Perfect Day社ほど、遺伝子組み換え技術についてGRAS文書内で説明はされていないが、Perfect Day社と同様に、①抗生物質の不使用と②可動遺伝子の非含有の2点はしっかりと明記されている。Remilk社は抗生物質の代用物質までは明記していなかったが、文献を読む限りでもアミノ酸のヒスチジンやアルギニンで代用する手法がある。またRemilk社も、遺伝子組み換えにおいて、β-ラクトグロブリン遺伝子のアミノ酸配列の変更はしていないが、β-ラクトグロブリン遺伝子のコドン最適化は行っていることを述べている。そしてKomagataella phaffii特有の遺伝子組み換え技術としては、Komagataella phaffii由来のpAOX1遺伝子を活用している点が挙げられる。この遺伝子は、メタノールに反応して外因性遺伝子の発現量を増加させることができる。

【Perfect Day社、Remilk社のホエイたんぱくの安全性】

 精密発酵ミルクのGRASで、生産株の安全性に続いて議論がなされているのが、精密発酵素材(今回の場合はホエイたんぱく)自体の安全性についてだ。Perfect Day社もRemilk社も、主に①動物由来の素材との生物学的同一性と、②動物由来の素材の特有副作用の有無、の2つに焦点を当てて説明を行っている。

1.生物学的に動物性のものと同一であることを証明している

 Perfect Day社、Remilk社、両社とも、まずはそれぞれの精密発酵ホエイが、動物由来のものと生物学的に同一であることの証明を行っている。そこで両社とも用いているのが、SDS-PAGE法、HPLC(高速液体クロマトグラフィー法)法、SEC(サイズ排除クロマトグラフィー)法である。SDS-PAGE法とは、タンパク質をゲル上で電気泳動させ、分子量ごとに異なる流動速度を元に、溶液中のタンパク質を分子量別プロファイリングする手法である。一方、HPLC法は、原理としてはこちらも分子量ごとの流動速度を元に、溶液中の物質を同定するのだが、タンパク質以外の同定でもこの手法は用いられる。またSEC法も、他の2手法と同様で、分子量ごとの流動速度の違いを利用して、故意に小さい分子ほど早く通過できる仕組みになっている。SDS-PAGE法では、各分子量に応じた物質がバンドとして出現するのに対し、HPLC法、SEC法では、検知された物質が検知されたタイミングごとにピークとして出現する。

 以下に、各社がGRAS文書に実際に掲載しているデータを紹介するが、手法を問わず、どちらともしっかりと動物由来の素材との生物学的同一性を証明できている。まずはPerfect Day社のSDS-PAGE法による同定の結果だが、「6.7μg bLGB-B」と示されているレーンにあるバンドが、動物由来のβ-ラクトグロブリンになる。そしてその左隣にある3レーンが無作為に搾取された精密発酵ホエイのサンプルになる。ご覧になってわかる通り、動物由来のβ-ラクトグロブリンと、全く同じ高さに精密発酵ホエイのバンドが並んでいる。一方、一番右端の「6.4μgwild-type」と示されているレーンが。遺伝子組み換えなしの生産株(Tricoderma reesei)のサンプルになる。こちらのレーンには複数のバンドが確認でき、左の4つ都は全く異なることがわかる。このように、SDS-PAGE法からは、Perfect Day社の精密発酵ホエイが動物由来のホエイと生物学的に同一であることが証明されている。

引用:GRAS Notice No. 863

 またPerfect Day社、自社の精密発酵ホエイと動物由来のものとのの生物学的同一性を、HPLC法でも証明している。以下のグラフで赤線で示されているのが動物由来のβ-ラクトグロブリン、青線で示されているのが精密発酵ホエイになる。若干の差はあるものの、主たるピークは赤線のグラフも青線のグラフも、ほぼ重複している。先にも述べたように、HPLC法では検知されたタイミング(分子量に比例する流動速度)ごとにピークが示され、含有量が高い物質ほど高いピークとして表示される。そのため、HPLC法からも、精密発酵ホエイ中のβ-ラクトグロブリン純度は動物由来のものとほぼ変わりなく、その分子量もほぼ同一であることが証明されている。

引用:GRAS Notice No. 863

 次の図はまたSDS-PAGE法の分析結果になるが、こちらはRemilk社の精密発酵ホエイになる。この図では、2、3、4とラベルされているレーンが精密発酵ホエイのサンプル、5、6、7とラベルされているレーンが遺伝子組み換えなしの生産株(Komagataella phaffii)のサンプル、8、9、10とラベルされているレーンが動物由来のβ-ラクトグロブリンのサンプルになる。これもまたご覧になってわかる通り、レーン2、3、4とレーン8、9、10は同じ高さにバンドが1本ずつ並んでいる。Remilk社のデータの場合、レーン2、3、4とレーン8、9、10、それぞれ異なる量のサンプルを流し込んでいるため、同じサンプルでもバンドの濃さに差がついている。ただそれも想定内であり、何よりこの同一の高さにある単一バンドからは、Remilk社の精密発酵ホエイと動物性ホエイの、生物学的同一性が証明されていると理解できる。

引用:GRAS Notice No. 1056

 そして最後に、Remilk社の精密発酵ホエイのSEC分析の結果だが、こちらもまた、動物由来のものとの同一性が示されている。Perfect Day社のHPLC分析データと比べると少し区別がつきにくいが、実線のグラフがRemilk社の精密発酵ホエイ、点線のグラフが動物由来のβ-ラクトグロブリンを示している。Perfect Day社のHPLC分析データと同様、ピークの出現タイミングも高さも、Remilk社の精密発酵ホエイと動物由来のβ-ラクトグロブリンはほぼ一致している。このようにして、両社ともに、精密発酵によって生産されたホエイが、動物由来のホエイと生物学的に同一であることを示すことで、食品素材としての安全性を説明している。

引用:GRAS Notice No. 1056

2.従来品特有の副作用(アレルゲン性など)の有無を説明している

  様々な分析手法を用いた生物学的同一性の証明に加えて、素材特有の副作用の有無も、GRAS文書内では検証されている。精密発酵ホエイの場合は、特にアレルゲンの有無が議論されている。これは、動物性のホエイが、食品に含まれる主要なアレルゲンであることに起因する。精密発酵ホエイに関しては、①乳牛由来のホエイと同様の乳アレルゲンであること、に加え、②乳アレルゲン以外のアレルゲンが含まれないこと、の説明がなされている。

 まず、①乳牛由来のホエイと同様のアレルゲン性については、Perfect Day社、Remilk社両社とも、精密発酵ホエイの生物学的同一性から、アレルゲン性についても、乳牛由来のホエイと同様に扱うとしている。前述のように、精密発酵ホエイの素材の安全性の議論として、生物学的同一性の証明が既になされているため、乳たんぱくアレルゲンとして扱われることが必然と結論付けている。

 一方で、②乳アレルゲン以外のアレルゲンが含まれていないことは、精密発酵ホエイの生物学的同一性とはまた別の問題となる。そのため、こちらについては各社追加の科学的検証を行っている。Perfect Day社は、主にネブラスカ州立大学リンカーン校の「食品アレルギー研究支援プログラム(FARRP)」を通じて、乳アレルゲン以外のアレルゲンの調査を行っている。この検証結果によると、生産株Tricoderma reeseiの残留タンパク質が6.7%以下で検知され、その大部分が細胞外膜由来のタンパク質であることがわかっている。加えて、真菌由来のアレルゲン性を持つタンパク質も検出されず、乳アレルゲン以外のアレルゲン性はないとされている。

 同様に、Remilk社も乳アレルゲン以外のアレルゲン物質の検証を行っている。Remilk社の場合は、ネブラスカ州立大学リンカーン校の「FARRP」の他に、テクニオン―イスラエル工科大学のSmolerプロテオミクス・センターでも分析を行っている。Smolerプロテオミクス・センターでは、主にタンパク質の成分分析を行い、その結果から、精密発酵ホエイに含まれるタンパク質の乳たんぱく含有量を立証している。一方FARRPでは、Perfect Day社同様、乳たんぱく以外のアレルゲン性物質の探索を行っている。こちらでは、酵母菌由来のアレルゲン性タンパク質を特に調べ、その結果、熱耐性タンパク質(Heat shock-70)と活性酸素分解酵素(スーパーオキシドディスムターゼ)の2種類が見つかっている。しかし、これら2種類のたんぱく質は酵母菌以外の多くの真核生物が保有するたんぱく質であることに加え、精密発酵ホエイの全体を占める割合が圧倒的に低いことから、安全性には問題ないとされている。

【Perfect Day社ーコロナ禍の申請で約1年かけて、初の精密発酵ミルクの「GRAS」を取得した】

 上記のような安全性の立証、議論を経て、Perfect Day社は2020年3月25日に「GRAS」認証を取得した。精密発酵ホエイとしては世界で初めての「GRAS」認証となった。2019年3月29日に受領されている同社の「GRAS」申請だが、パンデミックの影響や数回の修正案の再提出によって、およそ1年近い申請プロセスとなった(一般的には受領から180日以内に結論が下る)。

 Perfect Day社の「GRAS」に関しては、「GRAS」認証取得者が受け取るFDA(食品医薬品局)からの承認通知、「FDA’s Letter」も既に一般公開されている。「FDA’s Letter」によると、今回のPerfect Day社の精密発酵ホエイは、Trecoderma reesei由来のβ-ラクトグロブリンとして、乳児用粉ミルク以外の食品に35%以下の配合で使用して良いとされている。これらは全てPerfect Day社の「GRAS」申請内容の通りであり、FDAによる変更は特に行われていない。また、「GRAS」認証はあくまで食品添加における安全性の認可であるため、食品表示の規制とは異なる。そのため、この「GRAS」認証によって、「精密発酵ホエイ」と表示できるわけではなく、食品表示に関する規制は、FDAの「栄養・食品表示事務局(ONFL)」のガイドラインに従うこととなっている。

【Remilk社ー精密発酵ミルクでは初の海外企業「GRAS」取得に成功した】

 Perfect Day社に続いてRemilk社も、2022年夏に自社の精密発酵ホエイで、米国の「GRAS」認証の取得に成功している。Remilk社はイスラエルに拠点を置く海外企業であるが、米国内の企業と同様に「GRAS」認証を取得することが可能である。精密発酵の食品素材のように、多くの国で未だ安全性認可プロセスが整備されていない場合、今回のようにまずは米国市場での販売を目指して「GRAS」認証を取得する事例も少なくない。またRemilk社は、この米国「GRAS」認証の取得が影響してか、本国イスラエルでも初めて精密発酵ホエイの市販が法的に認められた。Remilk社の「GRAS」は昨年夏に認可を取得したばかりということもあってか、「FDA’s Letter」は未だ一般公開されていない。ただ、「GRAS」申請は昨年3月8日に受領されており、昨年夏には「GRAS」認証の取得が公に発表されていたことから、大きな問題なく180日以内の「GRAS」認証の取得が実現したものと見られる。

まとめと次回予告

 精密発酵フードと「GRAS」認証の連載記事、3回目となった今回は、精密発酵ミルクを製造・販売する2社、Perfect Day社とRemilk社の「GRAS」を詳しく見てきた。精密発酵食品の「GRAS」では特に、生産に使用される微生物の安全性と、生産される食品素材の安全性と2つの観点から、安全性の議論がなされている。また「GRAS」は、消費者に対して新規食品の安全性を伝えるだけでなく、その過程で解説されるプロセスや菌株の説明からは、精密発酵食品のテクノロジーの裏側も垣間見ることができる。4回目の次回は、植物性代替肉の革新的存在となった、精密発酵ヘムとミオグロビンの「GRAS」を紹介していく。こちらも、Impossible Foods社とMotif FoodWorks社の2社を比較しながら、新たな精密発酵テックをお届けしていきたい。