知って得する!アメリカ精密発酵の舞台裏 ―「GRAS」申請プログラムと認証取得までのプロセスー

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目次

1. はじめに

  • 米国フードテックを支える関連政府機関、食品法規制、「GRAS」について連載でご紹介

2. 前回のまとめー「GRAS」認証とは

  • 「GRAS」認証で、安全な「食品添加物ではないもの」とみなされる
  • 「GRAS」認証は、精密発酵商品の上市を加速させてくれる
  • 1998年以降の「GRAS」は、「GRAS」申請プログラムによって承認されている

3. 「GRAS」認証取得までのプロセス

  • 「GRAS」申請は世界中の誰もが行える
  • ステップ1:「GRAS」申請書類の準備と提出を行う
  • ステップ2:FDAから「『GRAS』申請受領日」の通知が届き、審査が開始する
  • ステップ3:「『GRAS』申請受領日」から180日以内にFDAから「GRAS」申請の審査結果が届く
  • 申請書類の追加提出や部分修正、申請の中止要請はいつでも行える

4.「GRAS Notice」ー「GRAS」認証申請書類

  • 全7パートに分けて、商品とその生産プロセスの安全性を証明する
  • パート1:概要と企業秘密の有無の表明
  • パート2:「GRAS」申請物質の詳細説明(重要)
  • パート3:食事性暴露の科学的説明
  • パート4:特定用途による添加量の制限の有無
  • パート5:1958年1月1日以前の安全な消費歴の証明
  • パート6:「GRAS」物質としての安全性の証明(重要)
  • パート7:パート6の証拠資料

5. 過去の事例を簡単に紹介

  • 「GRAS」申請に成功した事例:Perfect Day社の精密発酵ホエイ
  • 「GRAS」申請を中断した事例:Miracle Fruit Farm社のミラクルフルーツ パウダー
  • 「GRAS」申請にUSDAが関わった事例:Hinoman社のウキクサ

6. まとめと次回予告

はじめに

米国フードテックを支える関連政府機関、食品法規制、「GRAS」について連載でご紹介

 今、世界のフードテック業界が、精密発酵に注目を集めている。そこで、アメリカの精密発酵食品を裏支えする、「GRAS」認証を切り口に、アメリカの最新フードテック事情を連載でご紹介していく。初回の前回は、米国政府機関と「GRAS」の関係性、また「GRAS」についてお伝えした。2回目の今回は、いよいよ「GRAS」申請プログラムの中身をお話しする。対象物質の審査内容と、認証取得までのプロセスについてお伝えしていきたい。消費者なら絶対に知りたい、「食」の安全性が保証されていく裏側をご紹介する。

前回のまとめーGRAS認証とは

「GRAS」認証で、安全な「食品添加物ではないもの」とみなされる

 アメリカでは一般的に、上市前の「食品添加物」にはFDA(アメリカ食品医薬品局)の市販前承認が必要である。しかし、FDAの市販前承認は、上市前の各食品添加物を適宜FDAに審査してもらう方法と、FDAの「GRAS」認証を取得し、安全な「食品添加物ではないもの」とみなしてもらう方法の、2通りがある。どちらもFDAによる規制であり、添加可能な量や用途は規定が設けられることは共通している。しかし「GRAS」認証を取得すれば、新商品を上市するたびに市販前承認を得る必要がなくなり、一つの新しい「食品添加物」から、複数商品を展開しようと考えている場合にはとても便利なのだ(FDA, 2018)。また市販前承認と「GRAS」認証では、安全性承認のプロセスも違う。前者は、個人が用意する資料に基づいた、FDAの審査のみが行われるが、後者は、FDAに加えて、外部の研究機関による審査も行われる(FDA, 2018)。

「GRAS」認証は、精密発酵商品の上市を加速させてくれる

 精密発酵や細胞培養などの、最新のフードテックの多くは、まず食品の原材料となる素材を生産し、それらを目的とする食品に組み込んでいく。そのため多くの場合、精密発酵や細胞農業で生産される物質は、「食品添加物」と法的にまず分類される。特に、精密発酵や細胞農業技術を用いて作られた素材の中で、1958年以前から一般的に摂取されていたり、1980年までにFDAとSCOGSによって「GRAS」認証されたりしたものは、ほぼない。従って、精密発酵素材を使用した食品を商品化し、上市する上では、FDAによる市販前承認が求められる。ただ前述のように、「GRAS」認証を取得する方法もある。特に、一つの素材から複数の商品展開を目指すことが多い精密発酵の企業は、市販前承認ではなく「GRAS」認証を取得することを選択する。

 アメリカでは、Impossible Foodsの精密発酵レグヘモグロビン(植物性代替肉で肉の赤みを再現する素材)、EVERY(元はClara Foods)の精密発酵卵白、Perfect Dayの精密発酵ホエイ(乳たんぱく)など、多くの精密発酵食品が開発され、上市まで実現してる。これらももちろん、FDAの「GRAS」認証を事前に取得したうえで、今のビジネスに繋げることができているのだ。「GRAS」認証は、各会社が、FDAという政府機関の信用を得るだけでなく、上市後に商品を購入する消費者に向けて、各会社が自社技術・商品の安全性を保証するための、重要な役割も担っている

1998年以降の「GRAS」は、「GRAS」申請プログラムによって承認されている

 1998年以前に登録された「GRAS」は、FDAと「GRAS」特別委員会(SCOGS)によって安全性が評価されたものとして、「GRAS」リストにまとめて掲載されている(SCOGS (Selected Committee on GRAS Substances) )。逆に、1998年以降に登録された「GRAS」は、同年に導入されたGRAS Notification Program(「GRAS」申請プログラム)に基づいて、安全評価が行われており、「GRAS Notice Inventoryにまとめて掲載されている(GRAS Notices)。そのため、現在「GRAS」認証を取得するには、「GRAS」申請プログラムに沿って、「GRAS」申請を行う必要があるのだ。

「GRAS」認証取得までのプロセス

「GRAS」申請は世界中の誰もが行える

 CFR(アメリカ連邦規則集)によれば、「GRAS」申請は基本的に、世界中の誰でも手続きを行える。実際に、日本の食品企業では、味の素や、精密発酵商品では、昨夏、イスラエルのRemilkがこの「GRAS」認証の取得に成功している。「GRAS」認証が保証する「食品添加物」の安全性だが、基本的には①科学的な根拠、または②1958年1月1日までの一般的な食品としての使用、のいずれかに基づいて判断される。精密発酵商品のような新しい素材の場合は、前者の①に基づいて申請されることが多いが、製造プロセスや物質の性質によっては②に基づいた申請も可能である(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

ステップ1:「GRAS」申請書類の準備と提出を行う

 「GRAS」申請の第1ステップは、申請書類の準備と、その書類の提出になる。「GRAS」申請書類は書式がある程度決まっており、全7パートから構成されている。この申請書類の中身については、後の段落にまとめてある。完成した申請書類は、申請者が直接、電子または書面形式でFDAの担当事務局に提出する(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

 前回の連載でもお話ししたように、「GRAS」申請プログラムは、基本的にFDAの所轄となっている。しかし、申請対象の「食品添加物」によっては、USDA(アメリカ合衆国農務省)のFSIS(アメリカ食品安全検査局)が規制する食品表示法に従う必要が出てくる。その場合は、「GRAS」申請書類がFDAからUSDAにも共有され、USDAも並行して審査を行う。この際、企業秘密などをUSDAには開示せずに審査を依頼することができ、あらかじめその旨を「GRAS」申請書類に明記できる。FDAとUSDAの両機関による審査が完了すると、FDA、USDA両方からの審査に関する報告書(letter)が届き、それぞれの意向に沿った「GRAS」認証、またはFSISの使用規制が与えられる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

ステップ2:FDAから「『GRAS』申請受領日」の通知が届き、審査が開始する

 「GRAS」申請書類がFDAの元に届くと、まずすぐに「GRAS」申請の初期評価が行われる。この初期評価では、提出された「GRAS」申請の内容が、審査可能な内容か否かの確認がなされる。ここで、FDAが審査可能な「GRAS」申請として認めると、いよいよ「GRAS」認証の審査が開始される。「GRAS」認証の審査はFDAが行うが、その審査の基準となる科学的根拠は、事前に専門家ら(qualified experts)によって証明されている必要がある(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

 なお、FDAの初期評価を通過したか否かは、「『GRAS』申請受領日」(Date of filing)の通知によって確認できる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。この通知がFDAから「GRAS」申請者に届くと、その受領日をもって、「GRAS」申請の審査が本格的に始まったことが、「GRAS」申請者本人にも伝わる。この「『GRAS』申請受領日」以降、提出された「GRAS」申請書類は、FDAの「GRAS Notices」リストにて一般公開もされる。仮に初期評価を通過しなかった場合も、FDAよりその旨の通知が届き、初期評価を満たさなかった理由が説明される。申請者が望めば、申請内容を修正し、再度「GRAS」申請を提出することも可能である(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

ステップ3:「『GRAS』申請受領日」から180日以内にFDAから「GRAS」申請の審査結果が届く

 先述の「『GRAS』申請受領日」から180日以内に、いよいよFDAから「GRAS」申請の審査結果の通知が届く。この通知はFDA’s Letterと呼ばれ、先ほどの「GRAS Notices」リストにて、申請書類と共に一般公開される。審査終了後にFDAから届くFDA’s Letterの内容は、

①「FDA has no questions about the notifier's conclusion of GRAS status」(「GRAS」認証に異議なし)

②「The notice does not provide a basis for a conclusion of GRAS status」(「GRAS」認証には証拠が不十分)

③「At the notifier's request, FDA ceased to evaluate the notice」(申請者の要請により「GRAS」申請の審査を中止)

の3つに分かれる(FDA, 2018)。

 ①の通知が届けば、「GRAS」申請された物質は、晴れて新たな「GRAS」物質として認証を認められる。ただ、「GRAS」認証は申請内容が全て含まれているとは限らない。審査の過程で、申請時とは多少異なる用途や使用対象食品の制限が、設けられる可能性がある。それらは全てFDA’s Letterに記されているため、最終的な「GRAS」認証の内容は、このFDA’s Letterのものが基準となる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」FDA, 2018)。

 ②の通知が届いた場合は、「GRAS」認証を取得できなかったことになる。大体の理由としては、安全性を示す証拠が不十分であったり、提出された証拠からは使用上の安全性が疑われたり、といったものになる。②はFDAによって「GRAS」認証が認められなかった場合だが、③は申請者側からの審査中止の要請があった場合になる。③の判断が下った場合は、申請者が再度申請を申し込めば、同じ物質に対していつでも「GRAS」申請を再開することができる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

申請書類の追加提出や部分修正、申請の中止要請はいつでも行える

 先にも述べたように、「GRAS」申請は申請者によって中止要請を行うことができる。この中止要請は、「GRAS」申請が提出されてから、FDAによる審査が完了するまでの間であれば、いつでも申し込むことができる。また、一度審査を中止しても、申請者が希望すれば、同じ物質に対して「GRAS」審査を再開することが可能となっている。ただし、一度中止要請が受理されると、「FDA has, at the notifier's request, ceased to evaluate the GRAS notice」(申請者の要望により「GRAS」審査を中止)という文言のFDA’s LetterがFDAから発行される。これは申請者本人に届くだけでなく、「GRAS Notices」リスト上で一般公開もなされる。

 また、FDAによる申請書類の受理後、申請の中止要請だけでなく、申請に関わる書類の追加提出や部分修正も可能である。例えば、「GRAS」申請書類の提出後に、「GRAS」申請物質の安全性を証明する追加データが入手できた場合、そのデータは追加書類としてFDAの事務局に提出でき、申請書類の一部として審査してもらえる。また、既に提出した申請書類の一部に誤りがあった場合や、新たな実験データ等によって解釈が変更された場合などは、提出済みの申請書類を部分修正することも可能である。この場合も、訂正資料をFDAの事務局に提出することで行える。ただし、追加書類や訂正書類が提出できるのは、「GRAS」申請が提出されてから、FDAによる審査が完了するまでの期間のみとなっている。(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

GRAS Noticeー「GRAS」認証申請書類

全7パートに分けて、商品とその生産プロセスの安全性を証明する

 ここからはいよいよ、GRAS Notice(「GRAS」認証申請書類)の中身を紹介していく。先述の通り、GRAS Noticeは全7パートに分かれており、各パートが、申請物質の安全性を証明するための、重要なピースとなっている。

パート1:概要と企業秘密の有無の表明

 まず、GRAS Noticeの「顔」ともなるパート1では、「GRAS」申請の概要と申請書類内の企業秘密の有無が明記される。「GRAS」申請の概要としては、主に以下の内容を含むことが求められる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

  • 申請者の名前と住所
  • 適切な表現を用いた、「GRAS」申請物質の名称
  • 「GRAS」申請物質の使用範囲(対象食品、使用量、用途、想定される消費者など)
  • ①科学的な根拠、または②1958年1月1日までの一般的な食品としての使用、のどちらによる申請かの明記
  • 「GRAS」認証取得によってFDA市販前承認が免除されることの表明
  • FDAの要請に応じて、証拠資料等の開示に応じることの合意
  • 企業秘密の有無の表明
  • 「GRAS」申請内容が、複数観点をもって安全性を証明していることの表明
  • USDAのFSISにも書類共有が必要な場合の、企業秘密の取扱に関する要望

 また、このパートで企業秘密の有無が明記されるため、このパート内には、企業秘密に関わる内容を、入れてはいけないことになっている。

パート2:「GRAS」申請物質の詳細説明(重要)

 「GRAS」申請書類全体の中でも、最も重要な2パートのうちの1つが、このパート2になる。ここでは、「GRAS」申請物質の性質から、製造工程までが事細かに説明されていく。まず、主な内容は以下になる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

  • 「GRAS」申請物質の素性の説明と科学的根拠
  • 「GRAS」申請物質の製造方法
  • 食品グレード物質としての説明
  • その他の使用上の注意事項

 「GRAS」申請物質の素性の説明では、化学物質であればCAS登録番号(世界共通の化学物質の識別番号)や構造式、その他の物資では科学的特徴の説明が求められる。例えば精密発酵物質では、主要成分の成分組成が数値を用いて説明されていたり、学術名と共に、BSL(バイオセーフティレベル)や一般的使用例などを含めた、抽出元の菌株の簡単な説明がなされていたりする(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。また、微生物を使用する精密発酵物質の場合、同微生物が生産し得る毒素の説明も、加える必要がある(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

 「GRAS」申請物質の製造方法の説明では、多くの場合プロセスフローの図式が掲載され、そこに説明が加えられる。また精密発酵物質の場合、この製造工程の説明の部分で、微生物を用いた遺伝子組み換えの工程も、記されている。もちろん、「genetically engineer」(「遺伝子組み換え」)という文言を明記して、実際に行われる遺伝子組み換えの手法と、それに使用される菌株の説明が、このセクションではなされている(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。

 そして、食品グレード物質としての説明では、申請物質の食品としての成分組成が表記されている。精密発酵物質の場合では、規格書とバッチ分析結果の両方が、明記されていることが多い(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。これは、実際の製造ラインでの、品質の均一さを証明するためと考えられる。

パート3:食事性暴露の科学的説明

 このパートでは、「GRAS」申請物質の食事性暴露に関する説明が、科学的根拠と共に説明される。主に、①一般的な使用方法による暴露、②申請内容に基づいた使用方法による暴露、の2種類の食事性暴露について比較説明がなされる。またこのパートでは、「GRAS」申請物質以外にも、以下の物質の食事性暴露についても、必要に応じて説明が求められる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

  • 「GRAS」申請物質の使用によって、加工工程で新たに生成される物質(反応産物など)
  • 「GRAS」申請物質と共に、自然にまたは加工によって、付随する物質(副産物など)

 精密発酵物質の場合、生成される物質の純度が高く、生物学的に従来品と同一のため、使用食品における食事性暴露量は、従来品と同一と説明できることが多い。そのため、一般的な食品での使用例と共に、従来品の食事性暴露量が数値化されている(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。ただし、精密発酵物質も、その他の「GRAS」申請物質も、①一般的な使用方法による暴露、と②申請内容に基づいた使用方法による暴露、の2つを比較説明する際は、そこで仮定する条件を明記しなければならない(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

パート4:特定用途による添加量の制限の有無

 このパートでは、「GRAS」申請物質の使用方法において、添加量に限度がある場合に明記することとなっている。この添加量の限度というのは、安全性における限度ではなく、食品に添加した際の、食味や加工性への影響を考慮した添加量の限度を指している(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

パート5:1958年1月1日以前の安全な消費歴の証明

 連載の第1回目で紹介したように、「GRAS」は1958年の「食品添加物の修正」を受けて導入された。その際に、1958年以前も安全に消費されてきたとみなされた物質は、故意に食品に添加される物質であっても、実質的に「『食品添加物』ではない」とされている。そのため、万が一、「GRAS」申請物質が1958年以前も、一般的に安全に消費されてきたことが証明されれば、パート1、及びここで、明記することができる。ただ、そうではない場合は、1958年以前に安全に消費された歴史がないことが、ここで一言述べられる(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

パート6:「GRAS」物質としての安全性の証明(重要)

 このパートが、パート2に続く、「GRAS」申請書類の中でも重要なもう1つのパートとなっている。ここでは、いよいよ「GRAS」申請する物質の安全性が、科学的な根拠と共に、証明されていく。これらの科学的証明は、専門家ら(qualified experts)による、「GRAS」申請物質の安全性の証明でなければならない。まず、このパートには以下の内容が含まれる必要がある(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

  • 「GRAS」申請物質が想定される用途で使用された場合の安全性の証明と科学的根拠
  • 安全性の証明に用いた科学的根拠の、①一般的に入手可能なもの、②一般的に入手可能でないもの、の判別
  • ①安全性の解釈が分かれる箇所の特定、または②全ての安全性の解釈に一貫性があることの明記
  • 企業秘密に関わるデータの特定と明記
  • 一般非公開の科学的根拠(企業秘密に関わるデータ)を除いた、安全性の証明

 上記の項目の中でも、最も重要となるのが、1点目の「『GRAS』申請物質が想定される用途で使用された場合の安全性の証明と科学的根拠」になる。精密発酵物質の場合だと、①遺伝子組み換え用菌株の安全性、②物質生産用菌株の安全性、③生産物質の安全性、④アレルゲンとしての安全性、の4つの観点から安全性の議論がなされている(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。

 ①と②に関しては、食品応用の事例はもちろん、その他での一般的な使用例が列挙されたり、同菌株の他遺伝子型の安全性が議論されたり、同菌株から生成され得る副産物の安全性などが議論されたりしている(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。特に食品応用の事例を述べる場合は、過去に「GRAS」認証を受けている事例などを挙げて、議論がなされている。

 ③に関しては、従来物質の食品応用における安全性の議論はもちろん、精密発酵物質が従来物質と生物学的に同一であることの証明などがなされている。後者の証明では、アミノ酸配列のデータが用いられていたり、実際にSDS-PAGE法を用いた、タンパク質の同定結果のデータが含まれていたりする(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。

そして④の議論については、精密発酵物質全てに共通するわけではない。しかし、現時点で開発されている物質は、アレルゲンとされる物質が多いため、④の議論が含まれていることが多い(GRAS Notice (GRN) No. 863, 2019)。この議論では、精密発酵物質が従来物質と生物学的に同一であることの証明に加え、実際にアレルゲン反応検査を行った結果データなどが含まれている。

パート7:パート6の証拠資料

 最後のこのパートには、パート6で「GRAS」申請物質の安全性議論に用いられた、科学的証拠が含まれている。このパート自体に必要項目などはないが、パート6の議論に必要な根拠資料が、ここに全てまとめられている必要がある(「CFR Title  21 Part 170, Subpart E」)。

過去の事例を簡単に紹介

 ここまで「GRAS」申請のプロセスと、それに必要な申請書類の中身を見てきたが。ここからは、簡単に過去の「GRAS」申請の事例を紹介していく。アメリカの各精密発酵企業の「GRAS」内容は、連載の第3回以降でお話ししていくため、ここでは、精密発酵物質に限らず、様々な「GRAS」申請の事例を見ていく。

「GRAS」申請に成功した事例:Perfect Day社の精密発酵ホエイ

 まず、精密発酵分野では有名な、Perfect Day社の精密発酵ホエイだが、こちらは2020年3月25日に「GRAS」認証の取得を果たしている(GRAS Notices)。Perfect Day社は、乳たんぱくであるホエイを、Trichoderma reeseiという糸状菌から生産している。2019年6月28日が「『GRAS』申請受領日」(Date of filing)となっており、合計でおよそ300日間に及ぶ審査となっていた。しかし、Perfect Day社は2019年7月3日から2020年1月28日までの間に、合計5回の訂正書類を提出していたため、5回目の最終審査は、およそ60日間で終了していたようだ。また、Perfect Day社のホエイは、粉ミルクやUSDAが所轄する食品を除いた食品の、食品中タンパク質として、35%以下の含有量でのみ使用が認められた(FDA’s Letter GRN No. 863)。

「GRAS」申請を中断した事例:Miracle Fruit Farm社のミラクルフルーツ パウダー

 精密発酵分野からは少し外れるが、最近の「GRAS」申請の中で、申請を中断した事例もある。2021年11月1日付けで受領されていた、Miracle Fruit Farm社の「ミラクルフルーツ パウダー」だが、同年12月16日にMiracle Fruit Farm社より、「GRAS」申請の中断が要請された(FDA’s Letter GRN No. 1027)。「GRAS」申請の中断要請を記したFDA’s Letterによると、

①想定される使用量に対する安全性を示す証拠資料

②甘味受容体反応など、味覚調整物質としての生物化学的メカニズムの説明

が不十分であるとFDA側が示唆したことを踏まえ、Miracle Fruit Farm社側から申請の中止が要請されたようだ(FDA’s Letter GRN No. 1027)。

「GRAS」申請にUSDAが関わった事例:Hinoman社のウキクサ

 最後に、USDAが「GRAS」申請に関わった事例として、イスラエルのHinoman社が「GRAS」申請したウキクサの事例を紹介する。連載の第1回で述べたように、一部の畜産肉加工品や卵製品の食品表示規制は、USDA(アメリカ合衆国農務省)のFSIS(アメリカ食品安全検査局)の所轄となっている。

 Wolffia globosaと呼ばれるウキクサは、食品含有量5%以下で、焼き菓子や、畜産肉を含むスープの素の原料として使用する目的で、Hinoman社が「GRAS」申請を行っていた。最終的には、このウキクサが、食品の原料とみなされるのか、これ自体が食品とみなされるのか、の議論に結論が出ず、2021年10月8日に「GRAS」申請の中止要請が、Hinoman社から出された(FDA’s Letter GRN No. 984)。しかし、「畜産肉を含むスープの素の原料」としてこのウキクサが使用されることが、当初の「GRAS」申請書類には示唆されていたため、FDAのみならず、USDAのFSISもこの審査プロセスに加わっていた。FSISは、このウキクサが、「畜産肉を含むスープの素」の中でどのように使用されるのか、説明を求めた(GRAS Notice (GRN) No. 984, 2020)。それに対してHinoman社は、このウキクサが、「『植物性の代替タンパク』として使用される」と訂正書類を提出し、それ以降ウキクサの「GRAS」申請はFDAのみで行われた(GRAS Notice (GRN) No. 984, 2020)。

まとめと次回予告

 今回は、「GRAS」申請プログラムとその全貌を紹介してきた。「GRAS」申請プログラムの内容を通して、アメリカでは実際に、新たな食品物質の安全性が、どう保証されているのか、大まかにはお分かりいただけただろうか。次回以降は、精密発酵分野で「GRAS」を取得した各事例を元に、精密発酵商品がそもそもどう製造されているのか。その製造方法や物質自体の安全性を、アメリカの政府機関がどう保証しているのか。これらを詳しくお話ししていきたい。